投稿・コラム

投稿日:2022年11月10日
/ 更新日:2023年09月29日

人身傷害保険とは

 人身傷害保険とは、交通事故によって被った損害について、被害者の過失割合を問題とすることなく被害者自らが加入している自動車保険から保険金が支払われる保険をいいます。
 
 人身傷害保険に加入していることにより、交通事故の加害者が強制加入保険の自賠責保険しか加入していないため十分な補償が受けられない場合や、交通事故の当事者間で過失割合に争いがあり、相手方が加入している保険会社などから十分な補償が受けられない場合にも保険金の支払を受けることができます。
 
 人身傷害保険は、交通事故の被害者の経済的負担を軽減する点に大きな意義があります

人身傷害保険のメリット

過失割合に関係なく保険金が支払われる

 追突事故を除く交通事故では、多くの場合、当事者双方に過失が認められます。
 とりわけ被害者側にも相応の過失があり、当事者間で過失割合について争いがある場合や、後に被害者の過失割合の方が大きいことが分かった場合(便宜上「被害者」と記載しています)、過失相殺により賠償額が減額されてしまい被害者は加害者から十分な補償が受けられないことがあります。
 
 そのような場合、健康保険や国民健康保険などを使って被害者が治療費や入通院交通費などを負担することになりますが、これらの保険を利用しても治療期間が長期に及ぶと物心両面で被害者の負担はとても大きなものとなります(労災保険を利用できる業務上又は通勤上の交通事故を除きます)。

 ですが、人身傷害保険は、被害者の過失を補填する役割を持つため、被害者の過失割合に関係なく保険金額を限度に実際の損害額について保険金が支払われます
 
 過失割合に争いがあっても保険金が支払われ、被害者の経済的負担を軽減することが人身傷害保険の大きなメリットといえます。
 なお、人身傷害保険会社は、被害者にも過失があるときは、被害者の過失部分を越える部分についてのみ被害者の損害賠償請求権を代位取得し、加害者側に損害賠償請求(求償)できることになります。

無保険車の場合にも補償が受けられる

 交通事故の加害者は、強制加入である自賠責保険の他に、任意で自動車保険に加入していることが一般的ですが、強制加入保険である自賠責保険のみしか保険に加入していない加害者もいます。このように加害者が自賠責保険にしか加入していない車のことを無保険車といいます。
 
 自賠責保険から支払われる保険金額は概して少額であるため、加害者が無保険車の場合、被害者は相手から十分な補償を受けることができません。
 
 加害者が無保険車の場合にも、人身傷害保険を利用して保険金額を限度に実際の損害額まで補償を受けられることは人身傷害保険の大きなメリットといえます。人身傷害保険の補償範囲は概して広く、上記無保険車事故や自損事故による傷害も補償範囲に含まれています。損害額が人身傷害保険の保険金額内に収まる場合は、無保険車傷害保険に別途加入する必要は小さいものと考えられます。

 その他、ひき逃げ事故などにより具体的な損害賠償額が受けられない可能性のある事故について保険金が受けられる点も人身傷害保険のメリットの一つとして挙げられます。

損益相殺を考慮しても人身傷害保険のメリットは大きい

 被害者は、過失割合が争われ、加害者側から治療費等の支払いを行われない場合にも迅速に保険金が支払われるため、経済的負担を気にすることなく、怪我の治療に専念することができます。 
 
 人身傷害保険は、被害者の経済的負担を減らすだけでなく、被害者の過失分に人身傷害保険金が充当されるため、過失割合によって減額されない実際の損害額全額を受け取れることになります。このため、損益相殺を考慮してもそのメリットは大きいといえます。

人身傷害保険の内容

被保険者

 人身傷害保険の対象となる被保険者は、原則として、契約自動車の正規の乗車装置又はその装置のある室内に搭乗中の者、被保険自動車の保有者・運転者が対象となります。
 この他にも特約を付けることにより、記名被保険者やその配偶者、これらの同居の親族・別居している未婚の子等にも対象を拡げることができます。

補償の対象となる事故

 人身傷害保険の対象となる事故は、原則として、被保険自動車又は原動付自転車の運行に起因する事故、上記自動車又は原動機付自転車運行中の、飛来中もしくは落下中の物との衝突、火災、爆発又は上記自動車又は原動機付自転車の落下、これらのいずれかに該当する急激かつ偶然な外来事故が対象となります。
 この他にも特約を付けることにより、契約車以外の車に乗車中の事故や歩行中又は自転車運転中の他車との接触等による事故にも対象を拡げることができます。

保険金

 人身傷害保険の保険金は、一般的に、補償を受けられる被保険者の年齢や収入、扶養家族の有無等により異なり、裁判で認められる金額よりも低額となる傾向にあります

 たとえば、慰謝料の金額は、加入している保険会社の基準により算定されるため、高額になる裁判基準(弁護士基準)よりも低額になる傾向にあります。 

 他方、後遺障害の逸失利益については、収入額×労働能力喪失率×労働能力喪失率に対応するライプニッツ係数により算定されることが多いことから、被害者の収入状況によっては裁判基準(弁護士基準)と同等の金額で算定されることが期待できます
 いずれにせよ被害にあった場合にいくら保険金を受け取れるのか予め保険約款等で確認しておくことが大切です。

 なお、労災保険制度により保険給付の支給決定通知があった場合や、すでに保険給付が支給された場合には、併給調整により労災保険により支給された給付金との差額が人身傷害保険の保険金として支払われることになります。

被害者と人身傷害保険会社との関係

保険代位

 人身傷害保険金を支払った保険会社は、被保険者に支払った保険金の限度において、被害者が加害者に対して有する損害賠償請求権を法律上当然に取得します(保険法第25条)。これを保険代位といいます。保険会社は、この損害賠償請求権を加害者又は加害者加入の保険会社に請求することになります。

 なお、被害者は人身傷害保険の保険金に加えて、加害者側からも損害賠償金の支払を二重に受け取ることができる訳ではないことに注意が必要です。ただし、人身傷害保険金により填補されなかった損害については、更に加害者に対して損害賠償を請求することができます。

損害の填補を受ける方法

 被害者が人身傷害保険を利用して交通事故による損害の填補を受ける方法には、損害額全額を加害者に請求し、過失相殺等により減額された部分を人身傷害保険金により填補する方法と、人身傷害保険金の支払いを受けてから裁判上請求が認められ得る損害額と人身傷害保険金の差額を加害者に対して請求する方法の2つがあります。

 人身傷害保険金は各保険会社の基準により算定されるため、裁判で認められる損害額よりも低額となることが一般的であるため、後者の方法による場合、差額については、改めて加害者に請求することが可能となります。 

損害賠償額から控除されるもの

過失相殺と損益相殺

 交通事故における過失相殺とは、損害の公平な分担という観点から、当事者の過失割合に応じて賠償額が減額されることをいいます。また、交通事故における損益相殺とは、すでに加害者から補填された賠償金や保険金などが過失相殺後の賠償金額から控除されることをいいます。
 つまり、過失相殺の後に損益相殺が行われることになります。

損益相殺の対象

 人身傷害保険金は、被害者が加入している保険会社により実損害額を補填するものであり、損益相殺の対象は、被保険者に支払われた人身傷害保険金から被害者の過失分を控除した金額とされています
 
 人身傷害保険金を支払った「保険会社は、保険金請求権者に裁判基準損害額に相当する額が確保されるように、上記保険金の額と被害者の加害者に対する過失相殺後の損害賠償請求権の額との合計額が裁判基準損害額を上回る場合に限り、その上回る部分に相当する額の範囲で保険金請求権者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得すると解するのが相当である」と保険代位の範囲について規範が示されており(最高裁第一小法廷H24.2.20判決参照)、人身傷害保険金は被害者が負担する過失分に優先的に充当されることを前提としていることが分かります(裁判基準差額説)。 

 たとえば、裁判所で認定された総損害額が1,000万円、加害者の保険会社が算定した損害額が600万円、人身傷害保険金額が500万円、被害者の過失が20%である交通事故のケースでは、まず、過失相殺により被害者の総損害額は800万円に減額されます(1,000万円-200万円=800万円)。
 次に、上記裁判基準差額説により人身傷害保険金500万円のうち、被害者の過失分200万円が優先的に充当され、500万円-200万円=300万円となります。
 つまり、このケースでは、保険金300万円が人身傷害保険会社により補填されたものとして損益相殺の対象となります。
 
 なお、被害者の過失分に充当された保険金は、被害者がこれまで支払っていた保険料の対価としての側面があるため、損益相殺の対象とならないのではないかと考えます。

まとめ

人身傷害保険を利用する前に

 4の⑵「損害の填補を受ける方法」で解説したように、人身傷害保険金を請求する方法は2つあります。
 先に加害者から補償を受けてから人身傷害保険金を請求する場合と、先に人身傷害保険金の支払を受けてから総損害額との差額を加害者に請求する場合の2つです。
 いずれの方法を用いても被害者に支払われる賠償額に差が生じないよう保険約款などで調整がされていますが、後者の場合で損害の填補が認められるためには裁判の確定が必要となります。
 
 裁判が確定するまでには時間や費用等がかかることから、被害者が差額について加害者へ請求することを断念することがあります
 実務上、人身傷害保険を利用する場面は、加害者側が治療費などの補償を一切行わない場合に利用されることが多いので、必然的に先に人身傷害保険を利用することが多くなります。
 後者の方法で請求を行う場合には、その是非を含め、回収見込み額等について予め弁護士に相談の上、確認しておくことが大切です。

人身傷害保険を付帯するなら

 人身傷害保険は、交通事故に遭われた被保険者の経済的負担を減らしてくれる点等があることから加入するメリットのある保険であることを解説してきました。実際、人身傷害保険は、任意で加入する自動車保険の中核を担っており、人身傷害保険の付帯率は高いものとなっています。
 任意で自動車保険に加入する場合には「弁護士費用保険特約」を除くと、まず最初に加入を検討して欲しい保険の1つといえます。
 
 現在、人身傷害保険を扱う損害保険会社は多くあり、どの保険会社の人身傷害保険を選ぶべきか迷うことがあると思いますが、選ぶのであれば、弁護士費用保険特約を付ける自動車保険会社と同じ保険会社にするのが手間や費用、補償内容等の点からもメリットはより大きいものと考えます。
 
 人身傷害保険を選ぶ際には、弁護士費用保険特約も併せて検討してみることをお勧めします。