投稿・コラム

投稿日:2022年11月23日
/ 更新日:2023年10月05日

はじめに

減少傾向にある自転車事故件数

 令和4年5月24日公表の警察庁ウェブサイト「交通事故の発生状況について」の「自転車乗用者の事故類型別交通事故件数の推移」によると、直近5年の自転車関連の交通事故件数は平成29年90,407件平成30年85,641件令和元年80,473件令和2年67,673件令和3年69,694件となっています。
 警察庁の統計から自転車に関連する事故の発生件数は近年減少傾向にあることが分かります。

人対自転車の事故件数は例年2,800件前後

 自転車関連事故の総発生件数は年々減少傾向にありますが、直近5年の人対自転車事故の発生件数は、平成29年2,550件平成30年2,756件令和元年2,831件令和2年2,634件令和3年2,733件となっており、例年2,800件前後で推移していることが分かります。
 そのため、人対自転車の交通事故発生件数を減らすことは依然課題となっています。

高額化傾向にある歩行者との自転車事故

 従来より自転車は手軽な乗り物として世代を問わず利用されており、近年では自転車の性能の向上によりロードレーサーなど軽量かつ高速で走行できる自転車も増えてきています。
 自転車の性能が向上し軽量な自転車であっても、高速で走行する自転車と衝突した場合、大きな事故へと発展する可能性があります。
 とりわけ相手が高齢者や病者、幼児など体力のない歩行者であった場合には、重大な結果に発展する可能性があります。
 被害者の年齢や被った損害の程度、加害者の行為態様等によりも異なりますが、自転車事故によっても賠償額が高額化する傾向にあります。1億円近くの高額な賠償額が認められた裁判例もありますので、自転車の管理・利用に際しては十分に注意を払う必要があります。  

歩行者との自転車事故で高額な賠償額が認められた事件裁判で認められた賠償額
赤信号を無視して交差点に進入した自転車が、青信号で横断歩道を歩行中の75歳女性と衝突し、同女性を脳挫傷等で死亡させた事件(東京地判平成26・1・28)約4746万円
自転車で見通しの悪い下り坂を高速で走行していたところ、自転車を押して歩行していた男性に衝突し、左上顎骨骨折及び左三叉神経損傷等の怪我を負わせた事件(大阪地判平成25・8・30)約739万円
11歳の小学生が夜間、自転車で走行していたところ、歩行中の女性と正面衝突し、女性に頭蓋骨骨折等の重傷を負わせた事件(神戸地判平成25・7・4)約9,521万円
男性が昼間、信号を無視して高速で交差点に進入し、横断歩道を横断中だった女性と衝突して頭蓋内損傷などで死亡させた事件(東京地判平成19・4・11)約5,438万円
男性が夕方、片手運転で下り坂を高速で走行し交差点に進入し、横断歩道を横断中の女性と衝突して脳挫傷等で死亡させた事件(東京地判平成15・9・30)約6,779万円

 
 本稿は、歩行者と自転車との事故が発生した場合の加害者者への損害賠償請求の他、自転車事故の発生に備えて加入を検討したい保険について解説しています。

加害者への損害賠償請求

民法上の不法行為責任を行う

 自転車利用者が加害者となる自転車事故は、自動車事故と異なり、自賠法が適用されず自賠責保険のような強制加入保険がありません
 そのため、加害者が任意で自転車事故にも対応している保険に加入していない場合には、被害者は保険からの補償を受けることができず、直接、加害者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することになります(民法709条等)。
 もっとも、加害者に損害を填補する資力がないと被害者は十分な補償を受けられず、治療費や入通院費などを自己負担しなければならなくなり、実質的に被害者の救済が図られないままになります。

加害者が未成年者である場合

責任能力のない未成年者の場合

 
 未成年者が加害行為を行ったとしても、責任能力が認められない場合には損害賠償責任を負いません(民法第712条)。
 責任能力とは、法律上の責任の発生の有無を判断することのできる能力のことをいい、実務上、12歳程度であれば責任能力は認められるとされています。

 責任能力のない未成年者が加害行為を行った場合は、原則として当該未成年者の監督義務者が損害賠償責任を負うことになります(民法714条1項本文)。
 監督義務者がその義務を怠らなかった場合やその義務を怠らなくても損害が生ずべきであった場合には、監督責任を負いませんが(民法第714条1項但書)実務上免責されることはほとんどありません

 責任能力のない未成年者が加害者となる場合、監督義務者が免責されることは少ないことから、被害者に発生した損害は監督義務者によって填補されることになりますが、監督義務者の資力が乏しい場合には被害者の救済を図ることが出来ないという問題は依然として残ることになります。

責任能力のある未成年者の場合

 
 責任能力が認められる未成年者が不法行為を行った場合には、未成年者本人が損害賠償責任を負わなければなりません
 
 たとえば、責任能力のある中学生が通学途中に高速で運転していた自転車を歩行者にぶつけて怪我を負わせた場合には、怪我を負わせた当該中学生が損害賠償責任を負わなければなりません。  
 ですが、実際問題として、責任能力の有無を問わず、未成年者には被害者の損害を填補するだけの資力がないのが通常です。
 そのため、被害者救済の観点から、責任能力のある未成年者の場合にも、民法第709条により監督義務者の注意義務違反と損害との間に相当因果関係がある場合には監督義務者の責任が認められることがあります。  

 具体的には、責任能力のある未成年者が交通ルールを守って走行するよう指導する注意義務を怠った注意義務違反と当該未成年者が交通ルールを守らず走行して損害を与えた行為との間に相当因果関係があれば、監督義務者は損害賠償責任を負うことがあるということです。
 
 ただし、この監督義務者の責任も15歳程度までの未成年者の行為について認められる可能性があるに過ぎず、15歳以上の未成年者の加害行為についてまで因果関係を認めて監督義務者に責任を負担させることは事実上難しいと考えられています。
 この場合、資力のない成年者が加害者となったときと同じように、被害者の損害は十分に補償されない可能性が残ることになります。

個人賠償責任保険

個人賠償責任保険とは

 個人賠償責任保険とは、記名被保険者(契約自動車を主に使用される者)やその家族等が、日常生活で他人にケガをさせたり他人の物を壊してしまった場合等に、法律上の損害賠償責任を補償する保険のことをいいます。
 
 たとえば、自転車走行中に誤って他人と衝突して他人に怪我をさせてしまった場合や買い物中、誤って店内の商品を壊してしまった場合、飼い犬の散歩中に飼い犬が他人を咬んで怪我をさせてしまった場合などに利用されます。
 
 加害者が個人賠償責任保険へ加入していれば、保険の種類やプランにより被保険者と同居の未成年の子による加害行為も補償の範囲に含まれることがあるので、加害者が未成年者であっても、損害の填補が可能となります。

個人賠償責任保険のメリットとデメリット

 個人賠償責任保険は日常生活上の不測の加害事故に備えるための保険であり、保険料も少額であることが多く、また保険会社によっては高額な保険金額が補償され、損害を十分に填補できるメリットがあります。 

 個人賠償責任保険は、あくまで加害者が任意に加入する保険であることや、個人賠償責任保険自体が世間では余り知られていないことから加入者、付帯者が少ないという現状があります。 
 
 個人賠償責任保険は、自転車利用者にも加害事故を起こした場合に備えて加入、付帯を検討して欲しい保険であり、加害者にとってもメリットのある保険ですが、加害者が任意に加入、付帯していることに依拠(期待)せざるを得ないことから、被害者救済という観点からみると実効性が乏しい点がデメリットといえます。

自転車保険

自転車保険とは

 自転車保険とは、自転車の所有、使用又は管理に起因して他人に怪我を負わせたり、他人の財物を壊したりしたことによって損害賠償責任を負った場合や、走行中の自転車に衝突されて怪我を負った場合などに保険金が支給される保険のことをいいます。
 自転車保険の種類は日常生活上のものと業務上のものとに分けられます。また、保険のプランによっては補償額や被保険者の範囲が異なるのは他の保険と同様です。

自転車保険のメリットとデメリット

 自転車保険は自転車の所有、使用又は管理によって相手に怪我を負わせた場合に損害を補填することができるようになるだけでなく、被保険者が自転車事故の被害者となった場合に、加入している自転車保険会社より保険金が支払われる点に大きなメリットがあります。  
 また、自転車保険は、治療費の心配なく損害が填補されるため治療に専念できる点にもメリットがあります。  
 さらに、自転車保険は、現在多くの損害保険会社では、保険料が年額3000円前後と自動車保険と比べて低額で手頃な価額であるため、加入しやすい保険である点でもメリットといえます。
 ただし、保険料は保険金額や被保険者の範囲によって異なるため、加入の際にはこれらを確認することが必要です。

 自転車保険のデメリットは、個人賠償責任保険と同じように補償内容ではなく、自転車保険の存在が十分に認知されていないこと、また後に述べるように加入が義務化されても罰則がないなど、自転車保険加入の契機が乏しい点がデメリットといえます。

自転車保険の加入が義務化

福岡県でも自転車保険の加入が義務化

 
 全国的に自転車利用者が加害者となる高額賠償事例の発生を受けて、福岡県では、令和2年3月に「福岡県自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が改正され、同年4月1日から「福岡県自転車の安全で適正な利用の促進及び活用の推進に関する条例」が施行されました。
 これに伴い、令和2年10月1日より自転車保険(自転車損害賠償保険等)への加入が義務化されました。

対象者

 
 自転車保険の加入は、日常生活上又は業務上自転車を利用する以下の者が対象となります。

① 自転車を利用する者子どもが利用する場合はその保護者
② 事業活動において、従業員に自転車を利用させる事業者
③ 自転車貸付業者

自転車保険取扱事業者

 
 自転車保険取扱事業者には、損害保険会社など個人の利用者向けのほか、一般事業者向け、自転車保険貸付事業者向けのもの等多くの種類があります。
 自転車保険取扱事業者の一覧については、福岡県のHPから確認することができます。

まとめ

自転車事故に備えて

 現在、福岡県でも条例により自転車保険の加入が義務化されましたが、十分に周知されていないのが現状です。
 自転車保険の加入が義務化されたにも関わらず、義務違反に対する罰則が規定されていないため、実効性に欠けることなどが理由の一つではないかと考えられます(福岡県のHPに掲載されている「福岡県自転車の安全で適正な利用の促進及び活用の推進に関する条例」でも具体的な罰則の規定はありません)。

 本稿で解説したように、加害者が自転車保険など任意に加入していない場合には、損害の填補が十分になされない可能性があります。
 自転車を利用する場合はもちろん、自転車を利用していなくても、自転車事故に備えて自転車保険への加入を検討しておくことが大切です。

自転車保険を選ぶなら

 自転車保険を選ぶ際には、保険金額や被保険者の範囲、保険料など補償内容がその基準となるのは言うまでもありませんが、すでに自動車保険として人身傷害保険などに加入している場合には、自転車事故で発生した損害も保険の対象となるのか特約を付帯する等して自転車保険にも加入できるのか等を確認しておくことが大切です。  

 相手と賠償額などについて示談交渉する場合には、弁護士を代理人として示談交渉を行う方が賠償額の大幅な増額を期待できるため被害者救済の点からとても有益です。
 自転車保険を選ぶのであれば、その保険による補償の範囲が弁護士費用も対象としているのか、弁護士費用保険特約の付帯についても確認しておくと良いでしょう。