投稿・コラム

投稿日:2023年05月19日
/ 更新日:2023年09月29日

はじめに

 通勤中の交通事故の多くは、通勤災害として労災保険法の適用が認められます
 通常、交通事故により受傷し、治療終了後も障害が残った場合には、自賠責保険へ後遺障害等級認定の申請を行うことになりますが、後遺障害等級が認定されれば、認定された等級に応じた自賠責からの保険金のほか、加害者側に対して傷害慰謝料や逸失利益などの請求を行うことが可能となります。
 
 一方で、通勤災害の場合においても、治療終了後に障害が残っている場合、自賠責保険の後遺障害等級と同じように労災保険を利用して障害等給付の請求をすることができます。労災保険による障害等級が認定されれば、労災保険により等級に応じた障害等給付の年金又は一時金が支払われることとなります。

 本稿では、通勤災害により後遺障害が遺ってしまった場合、労災保険と自賠責保険への請求のいずれを先行させて請求するべきか、他方を先行させた場合の賠償額の支給調整などについてご紹介致します。

労災保険で認められる後遺障害

障害等給付の特徴

 労災保険の障害等給付と自賠責保険の後遺障害はいずれも、請求又は申請先より認定された後遺障害等級に応じた保険金が支払われる点や、いずれも第1級から第14級まで等級が分けられ、等級に応じた保険金が定められている点で共通しています。
 一方、両者は以下の点などで大きく異なります。総じて、自賠責保険よりも労災保険の方が被災者に手厚い補償がなされています

1.労災保険の障害給付は年金として支給される場合がある
2.労災保険は保険給付のほか特別支給金が支払われる
3.労災保険は被災者救済を目的とするため過失相殺されない

年金や特別支給金などが支給される

 労災保険の障害等給付と自賠責保険の後遺障害等級は、いずれも重い方から第1級~14級までありますが、自賠責保険からの後遺障害等級に応じた保険金は一時金として支給されるのに対して、労災保険の障害等給付は、7級以上の障害等級が認められた場合には年金として被災者が亡くなるまで支給されることとなります。 

 労災保険の障害等給付が認められると、障害等級第1級~14級に応じて特別支給金一時金として支給されます。また、この他にも特別給与(ボーナス等)を算定の基礎とする特別支給金として、第1級~7級の障害等級がある場合に認められる障害特別年金や第8級~14級の障害等級がある場合に認められる障害特別一時金が支給されます。 

過失相殺されない

 過失相殺は被害者の救済のほか損害の公平な分担という目的があるため、被害者に過失がある場合、事故の相手へ請求する賠償額は減額されることになりますが、労災保険には損害の公平な分担という目的はなく、被災者救済を目的としているため、過失相殺は行われません
 そのため、被災者に過失がある場合も保険給付額が減額されるということはないという特徴があります。ただし、故意又は重過失により事故の直接の原因を引き起こしたような場合などには、保険給付の全部又は一部が支給されない等の支給制限が行われることがあります。

障害等給付の申請手続

 通勤災害による障害等給付を請求するときは、所轄労働基準監督署長に「障害給付支給請求書」(様式第16号の7)を提出する必要があります。また、同請求書には医師又は歯科医師の診断が記入された診断書を添付する必要があります。労災保険の障害等級が認定されるためには、通勤災害による事故の障害を明らかにする医証が必要です。
 労基署からの案内やパンフレットには「必要に応じて」と任意の提出を案内していますが、障害等級を認定してもらうためには、上記支給請求書だけでなく、障害の状態を明らかにするレントゲン写真やMRI画像などの医証を提出することが大切です。 
 
 なお、労災の申請書類の送付先は事業所を管轄する所轄労働基準監督署となりますが、福岡県内の各労働基準監督署の所在地、連絡先、管轄は以下の福岡労働局のサイトから確認できます。

労災と自賠責との支給調整

申請順は被災者の自由

 労災と自賠責のいずれを先に申請するべきか問題となることがありますが、両方から障害等級が認定されたとしても同一事由の損害項目については支給調整されるので(これを「損益相殺」といいます)、結論としては、いずれを先に申請するかは被災者の自由となります。

労災と自賠責で認定が異なる場合

 自賠責保険からは後遺障害等級が認定されなかったにも関わらず、労災の障害等給付の請求が認められるケースも相当程度あります。
 このような場合は、労災保険からの給付分は控除した上で自賠責保険への異議申立てや加害者側への傷害慰謝料請求を行うことになります。

労災と自賠責両方から後遺障害が認められた場合

損益相殺される

 自賠責保険に対して後遺障害等級認定の申請をしつつ、後遺障害等級が非該当になった場合に備えて、労災の障害等給付も並行して請求した結果、最終的に両方から後遺障害等級が認定されるケースがあります。
 この場合、同一の損害について、労災保険と加害者側の両方から二重に保険金、傷害慰謝料を受け取ることはできず損益相殺されることとなります。 

 自賠責保険からの後遺障害認定を先に受けた場合、自賠責保険からの認定結果を所轄労働基準監督署に知らせる必要があります。
 障害等給付の請求を行うと自賠責保険への後遺障害認定の申請を行っているかを確認されるため、結果が分かれば知らせる必要があります。労災保険を管掌する政府の求償権を確保する必要があるからです。
 このように、自賠責保険から後遺障害等級に基づく保険金や加害者側から後遺障害慰謝料などが先に支払われた場合、労災保険と同一事由の損害項目による賠償額については、労災保険給付から控除されることとなります。

損益相殺されない場合

 障害等給付が一時金の場合、加害者側への損害賠償額から同一時金を控除するだけで労災保険から支給される保険金額が分かりますが、障害等給付が「年金」として支給される場合、両者の支給調整は少し問題となります。年金として亡くなるまで支給される保険金を、加害者への損害賠償額からどのように控除すればよいのか明らかとはいえないからです。
 
 この場合、理屈上は、加害者側から支払われる損害賠償額の総額に達するまで、支給調整(損益相殺)により年金は停止されることになるはずですが、平成25年3月29日の「都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知(基発0329第11号)」により、平成25年4月1日の事故以降については、7年の待期期間経過後には、7年分の年金が加害者側への損害賠償額の総額に達していなくても支給が開始されることとなりました。
 つまり、7年経過後は、加害者側への損害賠償額と労災保険からの年金の支給という二重取りが事実上認められるということです。このような場合は、被災者の二重取りもやむを得ないという国の判断によるものです。
 
 なお、平成25年3月31日までの労災事故については、上記待期期間は3年と短く設定されていました。 

労災と自賠責のいずれを先行させるべきか

 実務においては、自賠責への後遺障害等級の申請を先行させることが多く、自賠責保険からの後遺障害等級の認定が難しい場合や、認定が非該当となった場合などに労災への障害等給付の請求を行うケースが多いようです。
 後遺障害に対する補償において、労災保険と異なり、自賠責保険から逸失利益として傷害慰謝料が支払われ、自賠責保険やその後の加害者側への損害賠償請求で十分な補償が担保されるからです。
 したがって、被災者に過失がなく、自賠責保険や加害者側(実際には加害者加入の任意保険会社)から十分な補償が受けられる場合には、自賠責保険を先行させていくことも一つの解決策といえそうです。

 他方、労災保険には自賠責保険のように重過失減額がなく、保険給付以外にも特別支給金の支給を受けられるなど多くのメリットを受けられるため、労災保険を利用できる場合には労災保険の利用を前提とした対応の検討が必要です。たとえば、治療費や休業損害など自賠責保険と競合する給付については労災保険を先行させ、労災保険で支払われないものを自賠責保険に請求していく等、加害者側が資力に乏しく十分な補償が受けられない場合等に備えて労災保険の利用を先行させることも検討しておくべきです。

留意事項

示談を行う場合

 示談とは、当事者同士が話合いにより互いに譲歩し、損害賠償額について最終的な合意を行うことをいいますが、示談成立後は、第三者(事故の相手方)に求償することができなくなるため、原則として労災保険の給付を受けることができなくなることに注意が必要です。
 
 たとえば、すでに労災保険給付が行われた期間よりも前の日を示談の効力発生日とした場合のように、保険者である政府が第三者への求償ができなくなるような示談を行った場合、本来労災保険給付をするべきではない(つまり、求償することができない)期間について保険給付をしている状態が生じることになり、当該給付分については回収されることがありますので、この点にも注意が必要です。
 このような状況を避けるためには、示談締結前に、所轄労働基準監督署へ連絡するとともに、示談内容が労災保険給付を含む全損害の填補を目的とするものであることを第三者(事故の相手方)に明示しておくことが大切です。
 
 また、示談内容とは別途、治療費や休業損害に関する部分について、示談締結後に労災保険に請求する場合には、保険者(政府)の求償権の確保のため、その内容を示談書に明示しておく必要があります。

障害年金との関係

 障害年金には、大きく分けて障害基礎年金障害厚生年金がありますが、交通事故による「高次機能障害」や「疼痛」も障害年金の対象となり、自賠責保険による後遺障害等級の12級や14級程度でも、障害の内容によっては障害厚生年金の3級に該当する可能性があります。
 通勤災害の場合にも、これら障害基礎年金や障害厚生年金を受給できる場合がありますので、支給調整は入りますが請求漏れがないように注意しなければなりません。

 なお、上記障害基礎年金と障害厚生年金は、初診日に被災者が国民年金保険の第1号被保険者であったか、厚生年金保険の被保険者(国民年金の第2号被保険者)であったかにより異なります。

まとめ

 本稿では、通期災害の後遺障害事案について、労災の障害等給付と自賠責保険の後遺障害等級との関係などについてご紹介致しました。
 本稿でも述べたように、労災申請と自賠責保険への請求について、いずれを先行させるかは被災者の自由ですが、労災保険を利用することによるメリットは通勤災害などの交通事故においても同様です。もっとも、労災保険については専門家以外の方にとっては分かりにくい、利用しにくい側面も多々あります。交通事故においても、労災保険を利用できる場合は、利用を前提とした対応を検討することが大切です
 障害等給付をはじめ通勤災害後の労災対応について少しでも気になることがあれば、まずは最寄りの法律事務所に問い合わせてみてはいかがでしょうか。福岡にも多くの法律事務所がありますが、弁護士法人いかり法律事務所には、通勤災害について多数の解決実績があります。通勤災害をはじめ交通事故についてのご相談は、まずは無料法律相談をご予約のうえ、福岡の弁護士法人いかり法律事務所へご相談下さい。